高村豊周
1890(明治23)–1972(昭和47)
《青銅花入》
制作年不詳
鋳金
44.0×18.4×18.4 cm
光雲を父に、光太郎を兄に育った高村豊周の活動は制作にとどまらず、思想においても同時代の作家を鼓舞した。大正時代末期に豊周を中心に結成されたグループ「无型」は、機関紙を発行して表現のあり方を表明するなど、日本の近代工芸史に確固たる足跡を残した。彼らは型がないことを標榜したが、モノの表面に施される装飾への関心から、モノの形を重視していった点に特徴が認められる。
本作では、表面の模様や筋状の装飾を施してはいるが、大小二つの円錐を先端部でつないだ形態そのものの存在感が際立っている。(NR)
