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コレクション

54

洋画

凡例

板倉 かなえ

1901(明治34)–1929(昭和4)

《金魚と雲》

1928(昭和3)年

油彩/キャンバス

80.9×100.0 cm

千葉県立博物館 資料データベース

板倉鼎は、旧制千葉中学校で堀江正章に学んだ後、東京美術学校を卒業。後の1926(大正15)年にパリに渡るが、1929(昭和4)年に敗血症で28歳の若さで客死した。パリではアカデミー・ランソンでロジェ・ビシェールに師事。エコール・ド・パリの活気のなかで、鮮烈な色彩と秩序ある構成の作品を描いた。  板倉はセーヌ河岸で金魚をみつけ、1927年11月16日の書簡に「二人きりのところへ金魚がたつた五匹ばかりふえましたのですけれど大部淋しさがうすらぎます」と妻、須美子が記している。構築的な構図の中で、金魚が浮かぶ水槽、煙を残すパイプやテーブルクロス、ランプ、静謐な空がどこか哀愁を帯びた情景を作っている。(MN)
《金魚と雲》 1