椿 貞雄
1896(明治29)–1957(昭和32)
《八重子像》
1918(大正7)年
油彩/キャンバス
61.0×50.4cm
椿貞雄は、1926(大正15)年に現在の千葉県船橋市の小学校に奉職して以降、船橋に居を構え、私学の教師をしながら画業を続けた。画業の師は岸田劉生であり、岸田の影響を色濃く受けた椿の作品は、岸田の模倣と非難されることも多く、本作の裏には「色々の点で自分の思出の作なり 当時自分は絶望しており画筆をなげうつか画家として立つかのわかれ道の坂上にいたり」との椿の心情が記されている。
しかし、日本でいち早く油彩による写実表現を追求した岸田、椿の業績は、その後に続く東洋的写実へのこだわりや、子弟あるいは盟友としての二人の関係性も相まって、今日まで人々を引き付けて止まない。(UM)
