柳 敬助
1881(明治14)–1923(大正12)
《婦人像》
制作年不詳
油彩/キャンバス
65.8×45.8cm
柳敬助は、1903(明治36)年に渡米し、同地で高村光太郎、荻原守衛と親交を結んだ。荻原の設計によるアトリエを新宿中村屋の隣地に立てて制作を行い、優れた肖像画を残したが、1923(大正12)年に早逝する。
同年9月に東京三越で追悼遺作展を開催中に関東大震災が発生し、遺作の多くが失われてしまったなか、本作は残った貴重な肖像画の一つである。モデルは妻の八重で、日本女子大学の後輩だった長沼智恵子を高村に紹介したことで知られている。画面の外に向けられた力強いまなざし、引き締めた口元など、妻の落ち着いた佇まいを伝える作品である。(FR)
